妄想タケノコ
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中学生の息子に、
「宗教、特に新興宗教って、『ありのままの自分をいかに受け入れるか』を
うまく説明してくれるものだ」
と言ったら、
「えー、俺それなら是非入りたい」
と言われてしまった。

「その宗教が数十万単位でお金を要求しなかったらいいんじゃない。
 あと、教祖が好みの女性を周りに集めたりしなかったら。」
「あと、『もうすぐこの世の終わりが来る。その時、
私を信じている者たちだけが救われる』と言わなかったら。」

あー、まだある。
家族とか友達とか、入信以前に親しんでいた人々と、
やたら絶縁させようとする教団もNGだ。

条件多過ぎ?(笑)




『ありのままの自分を受け入れること』
『ありのままの自分と折り合って行く方法』
『距離の取りようのない他者を、ありのままに受け入れること』
『その他者と日々をうまく過ごして行く方法』

それを言葉巧みに説明するのは、
たぶん案外簡単なことなのだ。

実際に出来なくても、あたかも自分がくぐり抜けて来たことのように、
口先だけに聞こえないように表現することは。

すべての人が信じなくていいのだ。
その噓臭さを、察知できない人がいれば、それでオーケー。



ありのままの自分を受け入れてもらえない。
自分の居場所がない。自分の居場所が欲しい。
そう切望する魂に、つけ込むことで
利益を得ようとする人間がいる。


『自分の居場所』は、誰かほかの人が与えてくれるはず。、
そう思い続ける間は、誰かがそこにつけ込もうとするだろう。

『自分の居場所』は、自分で見つけるもの。自分で作るもの。
そこを心地よいと感じる気持ち、それも自分で確立するもの。












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