妄想タケノコ
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文化的とは美味しいこと
高校生の頃でしたか、学校の課外授業として、マナー教室がありました。

西洋料理を食べるマナー、ですね。

どんなに景気が悪くとも、ハイカラが身上のその港町の、一番のフランス料理の店で、教室は行われたのでした。

指導解説は、お店の方です。

前菜・主菜と料理の進む中、基本的なマナーと共に、何故そうするのか、また、マナーに則って食事する中にも、もてなす心・もてなしに感謝する心を以て、互いに楽しく食事を終えられるよう、心を砕くべきであり、それこそが「マナー」の中心なのだということが、軽妙な、決して食事そのものを邪魔することのないタイミングで、語られたのでした。

さて、その中でも、私の心に残ったのは、コースの終盤、「果物」の時に解説の方が言った一言でした。

解説の材料となった果物は幾種類かあったのですが、その内のバナナの食べ方が説明された時です。

バナナは、皮を繊維に沿って長く切り、そこにスプーンを差し込んですくったものを、舌に乗せます。

実演し、生徒たちにもその方法で食べてみさせた後、解説者はとても嬉しそうに言いました。

「美味しいでしょう!」

「スプーンですくった滑らかな面が、舌に接するので、美味しいでしょう?」

「これが、猿のようにくるくると剥いてかぶりつくのでは、もそもそした繊維がまず舌に当たるので、これほど美味しくはない」

「『文化的である』ということは、即ち、『美味しい』のです」

誇らしげに告げる解説者の口調には、西洋料理を供するという形で、まさにその「文化」の一端を担っているのだという自負が、溢れていたのでした。

と、いうような思い出を、スーパーの棚にバナナを見つけられないここ何日か、反芻していたのでした。

・・・バナナ、ないですね。

納豆なんかの時もそうでしたけど、ないとなるといよいよ食べたくなりますよね。

そして、元通りスーパーの棚にそれが並ぶようになると、格段食べたくもなくなるという・・・。

まあ、時々は、買って食べるわけですけれどもね。
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