妄想タケノコ
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男たちの大和
男たちの大和を見に行ったので、
ついでにちょっと、思っていることを書く。

日本っていう国と、「戦争」の関係で私が残念なのは、
戦争で戦って亡くなった人を国全体で悼むイベントがないことだ。
ないというか、出来ない。
今の状況だと、どうしてもそれは靖国神社が絡むし、
おおっぴらに、靖国神社で式典をやれば、
中国、韓国その他の国から抗議が来る。

抗議されること自体には、特に意見はない。

ただ、そういう問題があるのだから、靖国神社は避けて、
国家的な追悼を、やるべきなんじゃないかと思う。

今の日本では、第二次世界大戦の戦死者については、
無益な戦いで無駄死にしたみたいな感想を持ちたくなるような
扱いを受けている。

でも、戦争に行った兵士たちの多くは、大東亜帝国がどうのと
いうよりは、自分の属する国の人間や国土を守るという意識で
行ったのではないだろうか。

その結果、死んだ者たちが、不当な扱いを受けている場所にいて、
そこに「帰属している」っていう意識を持つのって
難しいと思う。

大抵の、平凡な人間はどこかに「帰属」することで
精神的な安定を保ちやすいものだ。

その点で「国家」っていうのは、
ほどほどの大きさで比較的安定していて、
帰属意識を持つのにはもっとも適している。

(会社とか、家族とか、部活とか、
居場所としてはわかりやすいけれど、
どれも(この頃は特に)、何年かごとに変わる。)

それなのに、帰属するものとしての
国家を信頼できない中で生きるとしたら、
その国の人々の精神って、
不安定さに苦しまなくてはならないんじゃないだろうか。


もちろん、「国家」を強調するあまり、
ほかの国をいたずらににおとしめたり、
(第二次世界大戦の戦死者を、おおっぴらに悼むことが出来ない理由は、
 ここにもある)
どの国家に帰属するかを人に強要したり、
それを決めない人間を排斥するようなことは、
厳に慎まなければいけないが。


戦死した人間をヒーロー扱いするのは、
ある意味、危険なことだし、
私自身、そういうのは嫌いだ。

でも、今の日本のあり方は、
誰かのために、命を投げ出すぐらいに頑張るっていうのが
いかにもむなしく感じられるように出来ている。
それでは、集団として、続いていかないのではないだろうか。


だから、なんだって話だけど。


ところで、そういう視点から見ると、
「男たちの大和」は、いい映画だった。

戦死者を、きちんと悼みつつ、
「戦死」ということを変に美化したりもいていない。

自分より若い世代に見て欲しい映画の一つに
挙げていいと思う。

本も読んでみようかな。

「決定版 
男たちの大和 上・下」辺見じゅん




映画自体は、上のような点では、よかったが、
大作の割には、強い印象が残らない映画だと思った。
(あくまでも私としては)

多分、大物俳優の登場人物が多すぎるのが原因だと思う。

原作では個々の人物像が丹念に書き込まれているものを、
二時間のドラマに納めるために、
「配役で、人物像を想像してください」って
するしかなかったんだと思う。

そういうわけで、個々の俳優は、それぞれにはよかった。
みんな、その人のかっこよさにはまった配役だったし。

若手もいい感じだった。


蒼井優ちゃん、かわいかったです。

詰襟を見に行ったはずだったんだけど、
松山ケンイチくんのセーラーカラーに萌えました。







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コメント
この記事へのコメント
うん
私たちは戦争(第二次世界大戦)を知らないから、それなのに「戦争はいけない」てこういう映画だったりドラマだったりを見て擬似体験にもなりえない体験をしてしか思えない
おじいちゃんもおばあちゃんももう死んじゃったから聞くこともできないし、自分が体験するわけにもいかない
あと30年もすれば、第二次世界大戦を体験した人たちはみないなくなってしまうだろうし・・・
それでも世界では戦争や紛争があるんかな・・?とボーと思う

今回もスピルバーグ監督が「ミュンヘン」を作ったけれども、どうなんでしょうか?

戦争映画やドラマを私は進んで見ないんですね
それは否定してるのではなく、やっぱり心が拒否してしまうんです
「ローレライ」は映画館に出演者がくるということで観にいったんですけれど、やっぱり原爆が落ちて人がチリのように飛んでいく場面なんかはやっぱりダメで・・

死刑モノと戦争モノはダメなんです昔から

どちらも人間の極限というか、すごく大事な部分ですけれどね

靖国問題も、あれだけ騒がれるんだから早く別な場所に作ればいいのにとは誰もが思っているでしょう

けれど、私たち日本人は、日本が唯一の被爆国であるということは決して忘れてはいけないことだと、これだけは私自分の子どもには伝えていくと思います
アメリカという国民性や文化とか国風は好きだけれど、その点だけは許せないな、と思うんですよね どうしても

普段生活していて戦争のことって考えないけれど、新聞の記事とか映画とかで考えるんですよね
それでいいのかなぁ?
でも戦争始めるとかしないとか決めるのって結局政府だと思うのは否めないですよね
これまでの戦争で国民の意思で始めたものってあるんでしょうか?

2006/02/05(日) 01:19:03 | URL | Simpson #35IinZh6[ 編集]
Simpsonさん、戦争は
国民の意思で始めたか?
私は、国民も(全部ではないけれど)また、戦争または侵略を容認したり、望んだりしていた、と思っています。
もちろん、自発的というよりは、それを誘導するような力が強く働いていたから、ということも、あると思いますが。
だから、簡単に誘導されないような、自分で考える力が欲しいです。(でも、これって、本記事の「帰属意識」とは、少し矛盾するものなのですが。)

>原子爆弾
そう。あれは、もう、日本が降伏を決定したことがわかっていたのに、実験的な意図があって、落とされたのだ、とも言われていますよね。
日本の731部隊の話もそうなんですが、戦争は、人間をおかしくしてしまうものなのだ、とつくづく思います。

731まで、行かなくとも、戦前、戦中、日本の、ごく普通の兵士や市民が、戦争が終わって回想すると、「なぜ、あんなことをしたのか」と、死ぬほど恥ずかしく思うようなことを大陸でしていた話も聞きますよね。人間を人間として扱わなかったような。

どこで、どんな状況にあっても、後々そんな風に恥じないように行動できたらいいなと思います。
2006/02/05(日) 15:35:20 | URL | コロン #9K54kpoI[ 編集]
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