妄想タケノコ
恐れ入りますが、トラックバックして下さるときは、そちらの記事中に妄想タケノコのトラックバック先となる記事をリンクしてくださるよう、お願いします♪
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
文化的とは美味しいこと
高校生の頃でしたか、学校の課外授業として、マナー教室がありました。

西洋料理を食べるマナー、ですね。

どんなに景気が悪くとも、ハイカラが身上のその港町の、一番のフランス料理の店で、教室は行われたのでした。

指導解説は、お店の方です。

前菜・主菜と料理の進む中、基本的なマナーと共に、何故そうするのか、また、マナーに則って食事する中にも、もてなす心・もてなしに感謝する心を以て、互いに楽しく食事を終えられるよう、心を砕くべきであり、それこそが「マナー」の中心なのだということが、軽妙な、決して食事そのものを邪魔することのないタイミングで、語られたのでした。

さて、その中でも、私の心に残ったのは、コースの終盤、「果物」の時に解説の方が言った一言でした。

解説の材料となった果物は幾種類かあったのですが、その内のバナナの食べ方が説明された時です。

バナナは、皮を繊維に沿って長く切り、そこにスプーンを差し込んですくったものを、舌に乗せます。

実演し、生徒たちにもその方法で食べてみさせた後、解説者はとても嬉しそうに言いました。

「美味しいでしょう!」

「スプーンですくった滑らかな面が、舌に接するので、美味しいでしょう?」

「これが、猿のようにくるくると剥いてかぶりつくのでは、もそもそした繊維がまず舌に当たるので、これほど美味しくはない」

「『文化的である』ということは、即ち、『美味しい』のです」

誇らしげに告げる解説者の口調には、西洋料理を供するという形で、まさにその「文化」の一端を担っているのだという自負が、溢れていたのでした。

と、いうような思い出を、スーパーの棚にバナナを見つけられないここ何日か、反芻していたのでした。

・・・バナナ、ないですね。

納豆なんかの時もそうでしたけど、ないとなるといよいよ食べたくなりますよね。

そして、元通りスーパーの棚にそれが並ぶようになると、格段食べたくもなくなるという・・・。

まあ、時々は、買って食べるわけですけれどもね。
スポンサーサイト
ばっし
そう、抜歯です。抜糸じゃないです。けがも手術もしてません。

実は明日明後日と、まる二日、売り子さんします。
すごい非日常なんです。倒れないか心配ってくらいのもんなんです。
今日は、会場準備でした。
三日前が、そのまた準備。あの日はほんと、頭が加熱して、鼻血が出るかと。

と、いう状況の中で、昨日親知らず抜きました~。
       
昨日は、なかなか血が止まらなくて、あせりました。

だって、初めてなんですもの、ぐっすん。

アホです。
積乱雲
20080902003447
気圧の変化が大きすぎて、もう、いろいろ、ガタガタ。

錯乱までは行かないけれども。

惑乱というのも違うし。

今年はもう、とにかく、ひどい。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。