妄想タケノコ
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衝撃といえば…
山口百恵

・・・・・・・

いや、ただそれだけなんですけど(^^;)

そういえば、下の記事、微妙に言ってることが矛盾してるとこあるんですが、
うーん、とにかく、そういうもんなんです。
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やっちまったらしい… 2006年秋
今書いている息子のことなんですが、
彼、学校と並行して障害に応じた教育も受けはじめてるんですが、
そこで一緒になってるお子さんたちはみなさん、
ちゃんと医師の診断を受けてからそこに受け入れられていたらしい。
と、いうことにここ最近初めて気付いた。
また、やっちまったよ、横紙やぶり。〇| ̄|_
明日予約入れるつもり。
費用は、何十万円もはかからないらしい。
待つのはやっぱり半年は待つようで。
その頃もこのブログ続いていますように(^_^;)

以上、携帯からでした!
ぎょえー、ウィキペディア
こんなのも、ひとつの項目になるの?
先延ばし
久しぶり
数年ぶりに、
学生時代、寮の同室だった友達から、電話があった。

[久しぶり]の続きを読む
空が…
20061118092123


今日は、空が青い。
だって…
20061116205444
見たい見たいって、
さがしてもさがしても、見付からなかったから~。

夕飯削って大人買いしなかった私を、誰か褒めて~。
あれぇ?洗う順番て…
お風呂で、身体洗う順番って、大体決まってますよね。
私は、思春期に読んだなんかの文章の影響で、
「とにかく、上から」です。
理由は、それが合理的だから。
けど、どうして合理的なんでしょうね?

今日、結構皆いろいろ?と思うようなことがありまして。

ちなみに、ある大動物の手入れ法を勉強した時は、
その頃は、大動物の丸洗いなんて水に決まってたから、
プールに入るときと同じ、心臓から遠いとこから、
と教えられました。
でも、実際それやると、
結局、足元二回洗うことになるんですよね。

そういえば、この夏、業者さんの入浴介助見たんですけど、
うーん、どんな順番だったか思い出せないです。

別にそれぞれが好きな順番でいいと思うんですけど、
自分と違う人に関しては、
理由が知りたいものです。
タイトルなし
20061111080416

いい具合いにとがって来た( ̄ー ̄)ニヤリ

毎回ここまで来ると、
「ふっふっふ。
 こいつでぐっさりやって、
 あとは削っちまえば、証拠は残らないぜ」
と一回は言ってみる。

削ったブツはどうするか?
もちろん、味噌汁に入れてダシをとる。

きっと、いいおダシが出るでしょう。
さかのぼる その2
その場所で覚醒している時間のほとんどを過ごしたこと。
それは私にとってプラスだったのかマイナスだったのか。
たまに思い出しては、考えていた。

最近になっていろいろなことがわかってくるにつれ、
それが間違いなくプラスだったことを知った。

そこは多分、実社会のシミュレーションの場だった。

自分たちで考えて作る組織、予算、
つぎつぎとやってくる種々のイベント。
定期的に去っていく古参者たち。巡り来る新参者たち。
そして、何があってもどんな日も、世話しなければならない「彼ら」。


その頃、金銭上、組織自体が破綻する可能性もあったけれど、
慣例どおり行事を遂行していれば、無事終わる部門もあった。
そんな部門をまかされて、
生まれた場所でとは別の意味で、
いろいろな世代の人々に話しかけてもらった。



自分の人間としての「欠け」を
いやというほど思い知らされたけれど、
そのことを思うと今でも苦しいけれど、
その後の生きていく上で必要なことを
数えようもないほど多く、学ばせてもらった。



そして何より、自分が守るべき命を
愛することを、そこで覚えた。

さかのぼる
11月始めの穏やかな休日、
私が20歳前後の日々の大半を過ごした場所を訪ねた。

あれから経った歳月を考えれば、
付近の様子が一変していても不思議はなかったのであるが。

近づいて見ればわかる変化はいくつもあったけれど、
付近の様子も、建物も、その他の構造物も、
ほぼ変わりなく、懐かしいたたずまいで、そこにあった。

最後に訪ねたのは、10年以上も前か。

ひとつだけ、見慣れぬ碑。
それは話には聞いていた
その場所で事故でなくなった少女の碑だった。

私自身そこにいた頃、小さなアクシデントには
誰よりも多く遭っていたと思う。

私が、彼女だったかもしれない。
そんなことを思いながら、手を合わせた。


このまま私、生きていて、いいのかな、
そんなことを思わざるを得ないような二十歳だった。
でも、結局は私は生きて、ここにいる。
彼女の死について周囲の学生を恨むことなくいたわったという、
彼女の両親の経歴を聞けば、
どれだけ彼女が将来を嘱望されていたか想像できる。
けれど、彼女はもうこの世にはいない。
なんて不思議な理不尽な話だろう。


・・・・・・・・・


休日のその日、そこには、やはり
あの頃の私と同じような少年少女がいて、私を迎えてくれた。

シャープな顔立ちの、口の端をきゅっと上げた笑い方が独特の少女
穏やかさ、やわらかさを人の形にしたような少年、
そのほかの、ぼーっとした少年や少女たち。


辛抱強く、穏やかに、彼らは
私がその日そこを訪ねるきっかけになった事に関連する、
とりとめのない私の思い出話を聞いてくれた。

テレビのニュースって
久しぶりにテレビで7時のニュースを見てるけど、
テレビのニュースって、情報量限られるね。

映像とか、耳から聞こえる言葉とか
活用できる人と出来ない人がいて、
私ができないだけなんだけど。
現実生活
はて。
また、リアルの生活について、
ちょっとだけ吐いてみようかなと思ったり。
前にもやったけれど、うまく続いて行かないから、単発。
多分。
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