妄想タケノコ
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ドナウィリアムズ
下の記事、ものすごく消化不良ですね。
話を聞いたときの感激を、すぐに書きたかったのです。
でも、話し手の方の持つ、いろいろな説得力の元になるものも
含めて伝わるように文字にするのは、難しいですね。



さて、ドナウィリアムズ、やっと3巻読み終わりました。

ある意味究極のラブストーリーのようにも読めます。
影響受けやすい人は、読んでいる途中でかなり落ちる時が
あるかも知れないので、気をつけた方がいいと思います。
でも、読み終わった時に、とても満たされた気持ちになりました。

確かに、この人たちは、共に過ごすことが必然だったのだ、と、
強く感じました。

自閉症だったわたしへ〈3〉 (新潮文庫) 自閉症だったわたしへ〈3〉 (新潮文庫)
ドナ ウィリアムズ (2004/12)
新潮社

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また本の紹介
相変わらず、どう吐き出したらよいものやら、
糸口がつかめない状態なので、また、本の紹介。

自閉症だったわたしへ (新潮文庫) 自閉症だったわたしへ (新潮文庫)
ドナ ウィリアムズ (2000/06)
新潮社

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自閉症だったわたしへ〈2〉 (新潮文庫) 自閉症だったわたしへ〈2〉 (新潮文庫)
ドナ ウィリアムズ (2001/03)
新潮社

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この本は、自閉症と診断された本人が、
自分の歴史と内面を書いた本のはしりとして、
画期的な存在なのだろうと思います。
従来の自閉症観では、自閉症と知能障害は分かちがたく、
まとまった量の、他人に読ませるための文章を書くというのは、
常識的には有り得ないことだったでしょうから。

でも、この本を紹介するのは、自閉症を理解する人を増やしたいから、
ではなくて、
この本の中に展開するドナ・ウィリアムズの世界がとても魅力的だからです。

この本の初めの、ドナの目に映るうつくしい世界、
その時々に関わった、ドナの目を通した同年代の少女達、
アカデミックな教育を受けることにした転機、
大学に通い、資格を取得するためにすごされる日々、
流転という言葉の似合いそうな、旅の行程、
そして、ドナ・ウィリアムズの存在そのもの。

すべてが、不思議に惹きつけられるのです。

障害だけでなく、彼女の生まれ育った環境や肉親に起因する、
何もかもをいっしょくたに投げ込んでひっくり返したような混沌は、
理不尽すぎるし悲惨だし、ほんとうに胸が痛くなります。
でも、その真ん中にいるドナ・ウィリムズの存在は、
藍色の闇のなかに、小さく小さく揺れる、白い灯りのように
うつくしい。

興味のある方は、いつか、手にとってみて下さい。



何の話からスタートしようか
息子のこと、発達障害のことを書こうと思いつつ、
いざPCに向かうと、どんな風に始めようか戸惑っていたのですが。
先日購入した本が、これまでで一番、
当事者にもその他の人々にも役立ちそうに感じられたので、
その紹介から始めます。

あなたがあなたであるために―自分らしく生きるためのアスペルガー症候群ガイド あなたがあなたであるために―自分らしく生きるためのアスペルガー症候群ガイド
ローナ ウィング、吉田 友子 他 (2005/06)
中央法規出版

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著者の吉田友子先生は、多分、
日本で最も、子どものアスペルガー症候群の症例を数多く、
しかも長く継続して診ているお医者さんのひとりです。

その過程で見た、‘高機能’自閉症と呼ばれる人々の困難について考え、
彼らがこれから人生を始めるにあたって
自信を持って自分の二本足で立って生きていけるよう、
そんな願いから生まれた本かなあと思います。


アスペルガーというのは、一種の脳タイプであり、
「病気」なわけでも「悪い」わけでもない。
アスペルガーであるがゆえの長所もある。
けれども、脳タイプとしての少数派であるが故の、困難もあり、
苦手なことがらもある。
その苦手なことと付き合いつつ、
長所を楽しんで、
自分の人生を胸を張って生きて行くにはどうしたらよいのか。
そのための工夫のヒントが、易しく、そして、優しく、
書かれています。

息子のこと
今月(8月)は、昨年末に書いた息子のこと(軽度発達障害)について、
かなりまとまった時間(3日間連続)の講演を聴きにいったり、
初めて、医療施設での診察を受けに行ったり、
自分としてはいろいろ新しいことのあった月だった。

9月のブログは、そのことについて、少々あるかも。

以前の彼についての記事は、公開し続けることについて
自分の中でうまく処理できないので、隠した。
なるべく、前記事を見なくても話が通じるように
書こうと思う。
でも、疑問に思うことがあれば、指摘して頂けると、嬉しい、です。

よろしくお願いします。





久々に
昨年からこのブログ読んでいらっしゃる方の中には、
「あなた、相変わらず脳みそスカスカな日々を送ってるようだけど、
 何だか大変そうなアナタの息子さん、一体どうなってるのよ」
と思ってる方もいらっしゃるかと思います。

ちょっと近況報告。
[久々に]の続きを読む
とりあえず、ひとくぎり
唐突に始めた、「迷走の道」カテゴリーですが、
とりあえずここで、一区切りつけようと思う。
今までブログの中で避けて来た息子の話を書き始めたのは、
ひとつには、前にも書いたように、自分の頭の中を整理する必要があったから。
けれど、もうひとつの理由があって、それは、生まれつきこういう性質
(上の行の「性質」をクリックすると出るリンク先、長文なのですが、
ざっとでいいので、最後まで見通してください。m(_ _)m)

を持った人がいて、その性質はなかなか本人が自分で治すことが出来ない
(治す必要性すら認識出来ないことも多い)、ということを
いくらかでも他の人に知って欲しかったからだ。

[とりあえず、ひとくぎり]の続きを読む
母の会主催の講演会
この稿で、私は、具体的な障害名や機関名をブログ中に挙げることを避けています。
読みにくいし、違和感を感じる方もいると思います。

私が息子の話を書き始めたのは、息子については障害について以外にも
障害のことと一緒に考えなくてはいけないことがあって、
あれこれと考えているうちに頭の中がオーバーヒートしてしまい、
そんな頭の中を整理整頓したかったからです。
はじめ、他の場所に日記を作って書こうと試みたのですが、
うまく行かず、ある程度、読み手の想定できるここで書いてみることにしました。

でも、もともとこのブログは、育児とは違う話がしたい、という希望から設置したものなので、
例えば、障害名を検索してこのブログにたどり着く人がいると困るな、
そんな気持ちがなんとなくあり、具体的な言葉を避けることしました。
なにとぞ、ご理解頂ければ、幸いです。

では、モニターのこちら側からの続きです。
[母の会主催の講演会]の続きを読む
やっちまったらしい… 2006年秋
今書いている息子のことなんですが、
彼、学校と並行して障害に応じた教育も受けはじめてるんですが、
そこで一緒になってるお子さんたちはみなさん、
ちゃんと医師の診断を受けてからそこに受け入れられていたらしい。
と、いうことにここ最近初めて気付いた。
また、やっちまったよ、横紙やぶり。〇| ̄|_
明日予約入れるつもり。
費用は、何十万円もはかからないらしい。
待つのはやっぱり半年は待つようで。
その頃もこのブログ続いていますように(^_^;)

以上、携帯からでした!
さかのぼる その2
その場所で覚醒している時間のほとんどを過ごしたこと。
それは私にとってプラスだったのかマイナスだったのか。
たまに思い出しては、考えていた。

最近になっていろいろなことがわかってくるにつれ、
それが間違いなくプラスだったことを知った。

そこは多分、実社会のシミュレーションの場だった。

自分たちで考えて作る組織、予算、
つぎつぎとやってくる種々のイベント。
定期的に去っていく古参者たち。巡り来る新参者たち。
そして、何があってもどんな日も、世話しなければならない「彼ら」。


その頃、金銭上、組織自体が破綻する可能性もあったけれど、
慣例どおり行事を遂行していれば、無事終わる部門もあった。
そんな部門をまかされて、
生まれた場所でとは別の意味で、
いろいろな世代の人々に話しかけてもらった。



自分の人間としての「欠け」を
いやというほど思い知らされたけれど、
そのことを思うと今でも苦しいけれど、
その後の生きていく上で必要なことを
数えようもないほど多く、学ばせてもらった。



そして何より、自分が守るべき命を
愛することを、そこで覚えた。

さかのぼる
11月始めの穏やかな休日、
私が20歳前後の日々の大半を過ごした場所を訪ねた。

あれから経った歳月を考えれば、
付近の様子が一変していても不思議はなかったのであるが。

近づいて見ればわかる変化はいくつもあったけれど、
付近の様子も、建物も、その他の構造物も、
ほぼ変わりなく、懐かしいたたずまいで、そこにあった。

最後に訪ねたのは、10年以上も前か。

ひとつだけ、見慣れぬ碑。
それは話には聞いていた
その場所で事故でなくなった少女の碑だった。

私自身そこにいた頃、小さなアクシデントには
誰よりも多く遭っていたと思う。

私が、彼女だったかもしれない。
そんなことを思いながら、手を合わせた。


このまま私、生きていて、いいのかな、
そんなことを思わざるを得ないような二十歳だった。
でも、結局は私は生きて、ここにいる。
彼女の死について周囲の学生を恨むことなくいたわったという、
彼女の両親の経歴を聞けば、
どれだけ彼女が将来を嘱望されていたか想像できる。
けれど、彼女はもうこの世にはいない。
なんて不思議な理不尽な話だろう。


・・・・・・・・・


休日のその日、そこには、やはり
あの頃の私と同じような少年少女がいて、私を迎えてくれた。

シャープな顔立ちの、口の端をきゅっと上げた笑い方が独特の少女
穏やかさ、やわらかさを人の形にしたような少年、
そのほかの、ぼーっとした少年や少女たち。


辛抱強く、穏やかに、彼らは
私がその日そこを訪ねるきっかけになった事に関連する、
とりとめのない私の思い出話を聞いてくれた。

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